PICK UP EXHIBITIONS「吉村昭の手紙」-Letter from Akira Yoshimura-
不思議な一夜です。
ただ一人で酒を宿房の部屋で飲んでいます。
語る人もなく、テレビもない。新聞もない。
そんな雰囲気なので、久しぶりに貴女に手紙を書きます。
(吉村昭 津村節子宛書簡 昭和52年 津村節子氏蔵)
吉村昭記念文学館では、手紙を通じて吉村昭の作品と人となりを紐解く企画展を行なっています。
入り口を抜けると、吉村の印象的な手紙の一文が出迎えてくれます。
僕はやります。文学はつきつめた戦ひです。
孤独に徹した仕事です。
机の前で万年筆を少しづゝ動かしてゐる時間が僕の時間なのです。
あゝ、良く生きてやがる!と思ふのもこの瞬間です。
人間によくも文学と云ふ仕事を与へてくれたものです。
【吉村昭 北原(津村)節子宛書簡 昭和27年頃 津村節子氏蔵】
I~Ⅲのコーナーに沿って、今回の展示の見どころについて、紹介していきます。
『Ⅰ 手紙にみる執筆の背景』
吉村が妻の津村節子と交わした書簡は、数え切れないほどたくさんありました。
その中には取材の様子を事細かに記した手紙や、家族を恋しく思う気持ちを率直に記した手紙等がありました。
一方、執筆のための取材や調査を行った人物には、協力に対する感謝の思いや、事実を小説に昇華させることの難しさについても記されています。
また、原作のドラマ作品に出演した俳優への手紙には、吉村の作品を映像化することに対する考え方が記されています。
さらに、編集者や先輩作家、文藝評論家に宛てた手紙には、自身の作品を厳しく見つめながらも、吉村が著作にどのような思いを込めたのかが記されています。
このコーナーでは、「殉国」(昭和42年 筑摩書房)、「羆嵐」(昭和52年 新潮社)、「海も暮れきる」(昭和55年 講談社)、「破獄」(昭和58年 岩波書店)、
「冷い夏、熱い夏」(昭和59年 新潮社)、「天狗争乱」(平成6年 朝日新聞社)にまつわる手紙を通して、作品の背景や吉村の思いが紹介されています。
今回の特集では、その中でも印象に残った、「殉国」、「羆嵐」、「海も暮れきる」、「破獄」について紹介していきます。
「殉国」
「殉国」コーナーの様子
長編「殉国」は、太平洋戦争末期の沖縄戦を題材に描いた作品です。
この展示では、吉村が沖縄取材中に家族に宛てた手紙が紹介されています。
今回はその中でも印象に残った手紙について紹介します。
新聞の連中は、タフだと云って驚いている。
帰りたい一心だもの。
愈々学徒隊に手をつけ、ひめゆり部隊、鉄血勤皇隊などと会いはじめた。
なるべく早く終えて帰りたい。帰りたい。
(吉村昭 津村節子宛書簡 津村節子氏蔵)
取材中は吉村から津村節子に手紙を送り、取材の経過や、沖縄の物価や街の状況等を伝える一方、上記のように、「帰りたい」と繰り返し心情を吐露するなど、夫として家族を思う吉村の本音も綴られています。
綿密な取材を書き上げる吉村のイメージとは想像できない意外な一面が読み取れます。
「羆嵐」
長編「羆嵐」は大正4年(1915)12月、北海道苫前郡苫前村三毛別(現苫前町三渓)の開拓村で、羆が村人を襲い7人が死亡、3人が重症を負った事件を題材に描かれました。
吉村は、昭和49年2月には「獣害史最大の惨劇苫前羆事件」(昭和39年 私家版)をまとめた旭川営林局農林技官の木村盛武氏を訪ねました。
木村の記録を基本資料として「羆嵐」の執筆に取り組みましたが、劇的な素材を小説とすることに苦心し、木村との出会いから3年3か月後に刊行されました。
木村へ送った手紙には、刊行までの心境を率直に綴っています。
「羆嵐」コーナーの様子
拙作が誕生しましたのも、木村さんのお力添えの賜で、
小説として広く世に問うことができ、私も嬉しく思っております。
終始、温い御教示を頂戴し、あらためて御礼申し上げます。
木村さんの調査が綿密で、それだけに小説にすることがきわめて困難で苦しみました。
事実のもつ力をどのようにかわして文学とするかが、
私の課題で、それ故に四年という歳月を費した次第です。
(自筆色紙「羆嵐」に添えた木村盛武への礼状 昭和52年6月 吉村記念文学館蔵)
「海も暮れきる」
「海も暮れきる」「冷い夏、熱い夏」「天狗争乱」コーナーの様子
長編「海も暮れきる」で、吉村は「咳をしても一人」など自由律俳句で知られる俳人尾崎放哉(明治18年ー大正15年)が、小豆島で過ごした最後の8か月を描きました。
昭和23年(1948)1月、20歳の吉村は、肺結核の悪化で喀血し、絶対安静の身となりました。
病床で、自身と同じ病により生涯を終えた放哉の句を読み、強い共感を覚えました。
連載誌「本」を担当した編集者根岸勲宛の手紙からは、吉村が自分の思いを尾崎放哉に重ねていたことが窺えます。
吉村が文学分野で伝記を描いた作品は「海も暮れきる」のみだそうです。この作品は吉村にとって個人的な思い入れのある特別なものだったのかもしれません。
「破獄」
「破獄」コーナーの様子
「破獄」は、昭和11年(1936)から同22年にかけて、青森刑務所、秋田刑務所、網走刑務所、札幌刑務所で、4度の脱獄を行った、無期懲役囚の白鳥由栄をモデルに描いた長編小説です。
吉村は、昭和57年6月「世界」(岩波書店)で「破獄」の連載を始めました。
連載中は刑務官からの教示を仰ぎ、単行本刊行時に必要か所について改めました。
今回展示されている中で見どころの一つは、当時秋田刑務所で白鳥を監視していた刑務官である吉田喜久治から吉村に宛てた手紙です。
手紙の中で吉田は、白鳥が脱獄した鎮静房の明かりの窓は「金属製の枠」ではなく、「木の枠」を「五寸釘」で取り付けたもので、「釘が腐って」いたため「簡単に」取れたと指摘しました。
この指摘は、白鳥の脱獄方法に係るため、重要なものとなりました。展示の校正原稿を是非ご覧ください。
ドラマ「破獄」緒形拳との絆
緒形拳は、昭和58年に吉村原作の映画「魚影の群れ」(松竹)で主演を務めました。
吉村は、緒形への手紙(昭和59年8月4日消印)に「破獄」の映像化は「商業主義的にあつかわれる」ことが「最大の懸念」であり、依頼を断り続けたと記しました。
また、自身も「劇画になり易い素材」を「小説にまでたかめたいと苦心」したと明かした上で、緒形が演じるのであれば「その懸念」はなく、「佐久間清太郎は緒形さん以外、考えられません」と綴りました。
この吉村の思いについては、今回展示した手紙で初めて明らかになりました。
(吉村が「魚影の群れ」とサインした潜水帽 吉村昭記念文学館蔵)
上記の画像の潜水帽は、映画「魚影の群れ」の撮影見学に来た吉村に緒形がサインを頼んだものです。
この映画で緒形は、青森県大間の鮪漁師を演じました。潜水帽は緒形家で大切に保管されていたようです。
この資料からも緒形と吉村の絆の強さを垣間見ることができます。
ちなみに、重さは約10kgもあるそうです。
『Ⅱ 敬愛する先輩作家への思い』
吉村と親交があった先輩作家との手紙の展示
展示では文芸部時代から、同41年、短編「星への旅」で太宰治賞を受賞するまで、吉村が出会い、学び、敬愛した作家、中山義秀、八木義德、丹羽文雄、石川利光、高見順、臼井吉見と交わした手紙を紹介しています。そこには、感謝と尊敬の念と共に、小説を書くことに対する真摯な思いが込められています。
『Ⅲ 津村節子と交わした書簡』
吉村昭は津村節子と数え切れないくらい多くの手紙のやり取りを行いました。
今回の展示ではその中から一部の手紙を展示しています。
次に紹介する手紙は吉村が短編「星への旅」で第2回太宰治賞を受賞し、「戦艦武蔵」がベストセラーになる前年である昭和40年(1965)に津村の姉へ書かれたものです。
私も一年間、机にかじりついてやってみて、それで、家計を全額負担できるようにならなければ、思いきって復職します。
夫婦間の、夫としての責任ですし、男として、それ以外にとる道はありません。
その折は、思いきって、筆を折るつもりでおります。
(吉村昭 北原淑子宛書簡 昭和40年(1965)8月23日消印 津村節子氏蔵)
この手紙には吉村の作家として成功するという強い決意が表れています。
また、夫として、家族のためなら筆を折る覚悟であるという家族を大切に思う気持ちが表れています。
吉村の仕事に対する気持ちと家族を愛する気持ちが表れた手紙です。
作家たちから届いた手紙
吉村の書斎の引き出しには、作家から届いた手紙が残されていました。
今回の展示では、川端康成や映画監督今村昌平など各界の著名人からの手紙も展示されています。
作家の直筆の手紙が見られる貴重な機会ですので、是非、足を運んでみてください。
作家たちから届いた手紙
特別寄稿と直筆の一筆箋の展示
今回の企画展では、各分野で活躍される方々から「吉村昭さんへ…届けたい言葉~受け取ったもの、伝えたい想い~」として、特別寄稿をいただいています。
今回特別寄稿をいただいた方々
・赤江珠緒氏(フリーアナウンサー)
・竹下景子氏(俳優)
・津田寛治氏(俳優)
・橋爪功氏(俳優)
・平松麻氏(画家)
・山崎直史氏(TBSテレビ報道局)
吉村作品をどのように読まれ、何を感じられたかが窺える貴重な機会となっておりますので、是非ご覧ください。
各分野で活躍の皆様による直筆の手紙
~実際に展示を見て~
現代では自分の思いを伝える手段が手紙からSNSなどに変わってきていますが、当時は電話や電報が気軽ではなく手紙でのやり取りが大半でした。
手紙を書くことにより、筆跡、文字の字体や筆圧の違いなど、手紙ならではの温かみや率直な相手の思いを、感じられたり触れることができたのだと思います。
今回の展示を見ることで、自分の思いを相手に伝えることの大切さや豊かさについて、改めて考えるきっかけとなりました。
HP内で紹介できなかった手紙もたくさんありますので、皆様、ぜひ足を運んでみてください。
インフォメーション
- 企画名
企画展「吉村昭の手紙」-Letter from Akira Yoshimura- - 会期
令和6年3月16日(土)~5月15日(水)
【休館日】3月21日(木)・4月18日(木) - 開館時間
9時~20時30分 - 会場
ゆいの森あらかわ3階企画展示室 - 入館料
無料 - 吉村昭記念文学館公式ホームページ(展示/イベント>企画展>企画展「吉村昭の手紙」-Letter from Akira Yoshimura-)
参考文献:展示図録 『吉村昭の手紙』 吉村昭記念文学館 令和6年発行