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見る目が変わる本(2月)

本を読むと、あらかじめ知りたいと思っていたことだけでなく、それ以上を手に入れられることがあります。題名からは想像できなかった内容に触れて予想外の読後感を得たり、新たな視点や視座を与えられて馴染みの世界を全く異なる知見から見渡すことができたり。今回はジャンルを音楽に絞って、そんな読書の醍醐味を与えてくれる本を紹介します。

昭和のテレビ童謡クロニクル-『ひらけ!ポンキッキ』から『ピッカピカ音楽館』まで-

小島豊美とアヴァンデザイン活字楽団/著  DU BOOKS  2015.5

 TV do   テレビ発の童謡といえば「みんなのうた」の独壇場となってしまったが、昭和の時代にはフジテレビの「ひらけ!ポンキッキ」が2トップのもう一角を占めていた。何と言っても同番組が産んだ「およげ!たいやきくん」は日本のシングル売上数で金字塔を打ち立てたことで今後も歴史に残る。本書はこの番組の名物ディレクターであった小島豊美を中心とした周辺重要人物に丁寧な聞き込みを行なった上で、驚くべき情報や研究の成果を理路整然と配置した地の文を組み合わせることによって、テレビ童謡が最も輝いていた時代の年代記として見事に編み上げることに成功した一冊である。
    たいやきくん誕生秘話だけで一冊できるほど話題には事欠かない題材を前にしつつ、本書は「童謡」「カセットとフォノシート」「学芸部」をキーワードに一章ずつを割いて、読者に事前知識を染み込ませていく。これはただのジャンル本ではないなという思いは、著者名にある"アヴァンデザイン活字楽団"の主筆が田中雄二だと知れば納得がいくかもしれない。事典のような索引、はっとする脚注の数々、博覧強記に当意即妙な受け応えがもたらす充実のインタビュー。「電子音楽 in JAPAN」同様、資料としての価値に疑いの余地はない。「松崎しげるがホットミルクって名前のバンドにいたの?しかもマネジャー宇崎竜童って!?」などとスパイス満載のトリビアに目を奪われつつ読み進んでいくと、この本の題材がテレビ童謡にとどまらないことがいよいよわかってくる。
    レコード会社の学芸部は、邦楽、洋楽に続く第三セクションとされる。そんなある種の辺境から日本の音楽産業の発展を見つめ直すこと、それがいかに多くの発見や思索の材料を提供してくれるかを、読者に示すことが本書の大切な目的のひとつなのだ。
    物事は「端」や「へり」こそが面白いとは良く耳にするセリフだが、要はそこで新しいことが生まれ育ってきたからに他ならないのである。

レコードと暮らし

田口史人/著  夏葉社  2015.9

 record to k   この題名を見て、何が書いてあると想像するだろうか。音楽と生活の結びつきについて?レコード産業の興盛と凋落が、消費者にどういう影響や変化を与えてきたか?実はどれでもない。まず、レコードには音楽が入っているということ、さらにお店で買わなければ手に入らないという常識は、あっという間にひっくり返されてしまう。本書は高円寺の「円盤」という知る人ぞ知るレコード店主である著者が、自ら収集した成果を全国各地に出張して紹介する「レコード寄席」というイベントをまとめたもの。テーマは「音楽を売るために作られたのではないレコード」を聴くことである。
    例えばアンディ・ウィリアムスが日本語でオリジナル曲を歌う味の素の宣伝レコード。黛敏郎と谷川俊太郎に小泉文夫と小島美子が監修した教育用レコード。校歌や応援歌に加えて先生や生徒のメッセージを収録した結果、その学年の生徒と先生に対立があった空気まで収録してしまった卒業記念レコード。ルバング島に取り残されていた小野田少尉が帰還した時の記者会見を収めたレコード。ヒナに聴かせてさえずりを教育する名鳥の鳴き声レコード、などなど。鑑賞という行為の真髄に向かう迫真の紹介文とオールカラーのジャケット写真から匂い立つ「現物」感は、読み応え充分かつ全く飽きさせない。
    記録メディアの花形だった時代、あらゆることがレコードになっていたのだ。それらを聴いていくことは、当然その時代を聴くことでもある。そこには今は失われてしまった感性が息づき、収録されている人々や製作した人々の願いが溝に刻まれて保存されている。
    後書きには著者がどのようにしてこういったレコードを(大量に)手に入れたか、聴き続けてどういう変化が身の内に起こったかが綴られている。読んだだけでも相当な影響を受ける本だけに、実際にそのものを浴び続けた著者は伝道者としての使命を帯びてしまったように思える。「円盤」ではこの本に収録されたレコードを順番に聴く会が、終わりまであと数回に迫っている。

誰が音楽をタダにした?-巨大産業をぶっ潰した男たち-

スティーヴン・ウィット/著  関美和/訳  早川書房  2016.9

 how music   音楽が押さえておくべき流行とされる時代があった。人よりも早く新曲を聴いている人、広くたくさんの音楽を知っている人は尊敬された。なので人々は努力した。新曲をチェックし、発売日にアルバムを買い、買えない分は友達やレンタル店から借りたりしていた。
    今や音楽は検索すればいつでも拾えるようになった。試しに周りの平成生まれに好きな音楽について訊いてみよう。「最近CDとか買った?」と。彼らは不思議そうな顔をしたり、困った様子をみせるだろう(「誰かのライブとか行った?」と訊けば答えてくれるかもしれない)。そう、お金を払って録音製品を手にする人は、一握りの好事家か収集家になってしまったのだ。限定盤に豪華ブックレット、 新リマスターに未発表トラック。付加価値に頼らざるを得ない状況なのは明白だ。
    そこでこの疑問だ。いつの間に音楽はタダになったのか。しかし、それは結局誰のせいでも無いのでは?と思ってはいなかっただろうか。ネットの高速化、データ圧縮技術の進歩、ファイル共有ソフトの登場、世界中から提供される楽曲データ。科学の進化と集合知が組み合わさった必然の結果として、ひとつの産業が淘汰されたのではないかと。
    本書はこの疑問を解明したノンフィクションである。冒頭に人物相関図が載っており、見開き2ページに収まる人々によって音楽がタダになってしまうことにまず驚く。さらに中心人物は3人。それぞれの章が平行して話は進む。MP3の開発者、ユニバーサル社のトップ、最後にそのCDプレス工場の従業員。だれも音楽をタダにしようと目論んでいたわけではない。開発者はミュージシャンを尊敬していたし、トップはiTunesで大儲けできると信じていたし、従業員はアルバムをリークするスリルと屈折した栄誉の虜になっていただけだ。
    HOWからWHOへの翻訳も納得の魅力的な登場人物が活き活きとそれぞれの物語を紡ぎ、意図せずに世界を変革する。しかも実話。ハリウッドがほっておかないのも納得だ。

掲載日 平成29年3月8日 更新日 平成29年4月27日