PICK UP EXHIBITIONS「吉村昭と「文学者」」

気持が屈することもなく小説を書きつづけてこられたのは、
『文学者』がこの世に存在していたから

(吉村昭「最後の編集」(「文学者」第17巻4号 昭和49年4月))

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吉村昭記念文学館の令和7年度企画展『吉村昭と「文学者」』では、昭和に刊行されていた文芸同人雑誌「文学者」を通じて、吉村昭氏と特に深いかかわりを持つ小説家たちをゆかりの資料と共に紹介しています。
入口のデザインはよく見ると小説家たちの名前が施されていて、まるで吉村氏と赤い糸でつながっているような印象を受けました。
入ってすぐのコーナーでは「文学者」が一つのケース内に集められ展示されています。
小説家を志す人たちが集い、研鑽し、小説家として世に出るきっかけとなった雑誌が、当時の姿のまま、時を経てまた人の目に触れるなんてなかなか感慨深いものがあります。

第1章 丹羽文雄と「文学者」

こちらのコーナーでは丹羽文雄氏と石川利光氏について紹介しています。
二人とも「文学者」にとってとても重要な役割を担っていらっしゃった方です。

丹羽文雄

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世界文化社から刊行されていた「文学者」の休刊後、それを惜しんで同人雑誌「文学者」として復刊した人物、とのことですが、その際の出版費用の大部分、後に全額を負担されていたと知り、驚嘆しました。
これから小説家として世に出ることを目指す若者たちを思ってとはいえ、経済的支援を実際に行動に移せるなんて、懐の深さ、決断力、行動力には驚きと尊敬の念を抱かずにはいられません。
「文学者」に関わる人々にとって、神様みたいな存在だったのかな、と感じました。でも、自筆原稿を見るになかなか特徴的な文字を書かれる方のようで、時間をかけて読み解くのも楽しそうでした。

石川利光

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丹羽文雄氏、吉村昭氏、津村節子氏との書簡でのやり取りが展示されています。
石川氏が吉村氏に宛てて書かれた文面からは何だか人の温かみが感じられました。石川氏に宛てた書簡にも相手からの信頼や敬愛が汲み取れます。
「文学者」で中心的な役割を担った人物とのことですが、丹羽氏も含め「文学者」に関わる人たちにとって、身近で支えてくれる頼れる人物だったのではないかと思えました。

第2章 「文学者」の休刊と同人雑誌「Z」

こちらのコーナーでは小田仁二郎氏と瀬戸内寂聴氏について紹介しています。

小田仁二郎

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吉村氏が入会してまもなく「文学者」は休刊となってしまったそうです。
意欲を燃やしていたところでの休刊の知らせを受けて、その失意はいかばかりか…。
そんな吉村氏を自身が主催する同人雑誌「Z」に誘ったのが「文学者」の同人だった小田氏です。
作品への指摘が具体的だったそうで、小田氏の評価を受けて文章が磨かれていった小説家たちがたくさんいたのではないでしょうか?

瀬戸内寂聴

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同人雑誌「Z」には瀬戸内寂聴氏も参加しており、吉村昭氏、津村節子氏と交流を深めていったそうです。
展示されている瀬戸内氏の自筆原稿や書簡、貴重なFAX原稿など、吉村氏、津村氏との親しい間柄が伝わってきます。
執筆道具も展示されていたのですが、本格的な万年筆からキャラクターものまであって、茶目っ気のある方のように思いました。

第3章 吉村昭と「文学者」

「文学者」休刊後、小田仁二郎氏主宰の「Z」に参加、その後自身で「亜」を主宰、そして再びの復刊を受けて吉村氏は「文学者」で活躍していきます。
4度の芥川賞候補選出、「文学者」の編集委員、編集責任者という経験を経て、太宰治賞受賞、『戦艦武蔵』のベストセラーと成功の道を辿っていくわけです。
このコーナーでは数々の作品と共に、吉村氏と「文学者」の関連年譜が展示されています。
良い時も苦しい時も吉村氏は「文学者」との関わり続けていたように感じられます。
そして冒頭に掲げさせていただいた吉村昭「最後の編集」の言葉がしっくりと腑に落ちてきました。

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思いをはせて

小説家たちが世に作品を発表するために「どの同人雑誌に参加するのか」はとてつもなく重要なこと。
新宿の紀伊國屋書店で吉村氏が「文学者」を手に取ったのは運命的な出会いだったろうと思います。
この出会いがあったればこそ、吉村氏の世界が広がり、小説家吉村昭が磨かれていったのだろうと感じました。
ここではご紹介しきれない展示品もまだまだたくさんあって、見る人によってもっと様々な感じ方が生まれることでしょう。
ぜひ、足をお運びいただき、皆さまの眼で見て、思いをはせていただきたいです。

司書による関連資料の紹介はこちら→ 私の好きな吉村昭作品『私の文学漂流』

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