おすすめの本

とらわれた人々(4月)

  • 掲載日:2025年4月15日

「困った人は困っている人なのだ」。依存症を専門とする精神科医、松本俊彦氏の言葉です。周囲を困らせるほど何かに依存している人は、苦境から逃れようとしている人であり、決して意志の弱さやだらしない性格が依存の要因ではないというのです。
今回紹介する3冊の主人公たちは、いずれも偉大な作品や業績を残しており、その才能に疑いの余地はありません。しかし皆何かにとらわれています。彼らの偉業に苦境と依存という要素がどれだけ関連しているのか、思いを馳せてみるのも一考です。
 

阿片常用者の告白

書影阿片常用者の告白

  • ド・クインシー/著 
  • 野島秀勝/訳 
  • 岩波書店
  • 2007年2月

19世紀イギリス。小説や映画で人気の時代だが、実際に生きた人は何を感じていたのか?その生々しい現実を味わえる自伝である。
阿片(アヘン:ケシ由来の麻薬)が薬局で普通に売っていた当時。著者は頭痛薬として阿片を服用し、その「聖なる愉悦の深淵」に衝撃を受ける。以来定期的に阿片を飲むようになったが、やがて身体症状や幻覚に苛まれ、日常が地獄と化していく。
誠実に語ろうとするあまり迷宮に入りこんでしまう晦渋な文体が癖になる。阿片影響下の絢爛たる悪夢の描写は圧巻。端々にいかにも英国らしい辛辣さも効いている。彼が阿片以上にとりつかれたのは、告白を書く行為そのものだったのかもしれない。

博士と狂人-世界最高の辞書OEDの誕生秘話-

書影博士と狂人

  • サイモン・ウィンチェスター/著
  • 鈴木主税/訳
  • 早川書房
  • 2006年3月

『オックスフォード英語大辞典』(OED)編纂の舞台裏には、辞書作成に情熱を注いだ「博士と狂人」がいた。前者は、苦学して言語学を修め、編纂の中心人物となったマレー。後者は、高い知性を持ちながらも精神病院に収容されているマイナー。過去に悲劇的な事件を起こした彼は、独房の中から膨大な単語の用例を提供することで、自身の生きる意味を見出していく。
マイナーの数奇な生涯に驚嘆し、二人の敬意に満ちた交流にほっこりする。OED編纂にまつわる豊富なトリビアは、知的好奇心を刺激する。歴史の裏側に隠された複雑なドラマを味わえる一冊だ。

アドレナリン-ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語-

書影アドレナリン

  • ズラタン・イブラヒモビッチ/著
  • ルイジ・ガルランド/著
  • 沖山ナオミ/訳
  • ソル・メディア 
  • 2022年7月

三十歳の自伝『I AM ZLATAN』によって、我々はこのサッカー選手が類稀な洞察力と簡潔な言葉でそれを表現する力を持つことを知った。移民地区の孤独な少年から名門の旗頭へと駆け上がる激動の半生は、出来事だけで一読に値する。しかし読者は何より彼が世界を見る目と、衒いのないその語り口に魅了されたのだ。
選手キャリアの終盤を迎えたズラタンが次作に掲げた『アドレナリン』とは、彼を捉え突き動かしてきた源のこと。ブーイングを力にかえて勝利すること以上に自分を満たす方法を求めて、今やACミランの幹部となった彼の人生は続く。