おすすめの本

幻想にふれる(2月)

  • 掲載日:2025年2月5日

ページをめくるのは幻想への扉をたたくのと同じこと。物語の宮殿はいつでも、あなたの来訪を待っています。

増補夢の遠近法 初期作品選

  • 山尾悠子/著
  • 筑摩書房
  • 2014年11月

 日本の幻想文学の旗手、山尾悠子の作品集。めくるめくイメージの洪水が硬質な文章で繰り広げられ、読者はたちまち言葉の中でさまよってしまう、そんな一冊。
 わたしが特に好きなのは、著者が大学在学中に書き上げた『夢の棲む街』。すり鉢のような形をした閉ざされた街で噂を集めて広める<夢喰い虫>がこの物語の語り部。街の中央の底には既に最終公演を終えた劇場があり、空はプラネタリウムのような夜空に覆われている。街の外は荒野が広がり、外に出られた人間はほとんどいない。そんな閉塞感のある街のとある部屋では、銃で撃たれた女が十年もの歳月をかけて少しずつ少しずつ倒れ、またとある部屋では天使たちがぎっしりと詰め込まれている。
 文章の緻密さゆえに読み進めにくい箇所もあり、何度も立ち止まるけれど、それも含めて「耽溺」という言葉に似つかわしい本。迷宮に迷い込む気力、体力があるときに読むのがおすすめ。

霊応ゲーム

  • パトリック・レドモンド/著
  • 広瀬順弘/訳
  • 早川書房
  • 2015年5月

 舞台は1954年イギリスの全寮制パブリック・スクール。華奢で内気なジョナサンは同級生だけではなく教師にまで目をつけられ、陰湿ないじめを受けていた。必死に耐えていたジョナサンだったが、一匹狼の同級生リチャードに助けてもらった日から彼の日常は一変する。
 リチャードは冷静な仮面の下にジョナサンと似ている孤独を隠しており、二人は瞬く間に親密に。ジョナサンを守るために、持ち前の頭の良さでいじめっ子たちや教師をやり込めていく。それを見ていた他の生徒たちも彼らの支配に立ち向かうようになり、物語は青春小説・少年少女小説めいて瑞々しく輝き始める。
 しかし、これはサスペンスもしくはホラー小説。『飛ぶ教室』のようには終わらない。二人は、リチャードの家で過ごした際にウイジャ盤(「こっくりさん」のように霊を呼び出す遊びに使うボード)を見つけてしまう。もちろんなにかが起きるはずもない。単なるおふざけのはずだった。リチャードが大事な「友だち」に狂気めいた独占欲をぶつけ、周りの人間を排除しようとするまでは……。かけがえのない友情が執着の炎に変わるとき、ただのお遊びだったはずの霊応ゲームが恐怖の儀式に変貌する。
 繊細な少年たちの交流を描いた物語から急転直下のホラー展開に度肝を抜かれる本作品。リチャードの言う「友だち」の重さに圧倒されながらも、読後一週間は引きずるやるせない二人の結末に、読んだら最後誰かに薦めたくなること間違いなしの一冊。

ずっとお城で暮らしてる

  • シャーリイ・ジャクスン/著
  • 市田泉/訳
  • 東京創元社
  • 2007年8月

 メリキャットは料理上手な姉のコニーと一緒に暮らしている。ラムケーキにホットミルク。お手製の杏子ジャムを塗ったトースト。玉ねぎパイ。畑で採れた果物の砂糖煮。スパイスをふんだんに使ったクッキー。地下にはピクルスの瓶がずらりと並ぶ。いい匂いの漂うブラックウッドのお屋敷での生活は、メリキャットにとって幸せそのもの。
 ただ一点、姉妹が村の人々から憎まれていることを除けば。
 実は、二人の住む立派なお屋敷はブラックウッド一家毒殺事件が起きた現場で、コニーは事件の容疑者、メリキャットは事件の生き残りだった。姉妹は好奇の目と嫌がらせから逃れてお屋敷に引きこもり、空想を繰り広げることで心の均衡を守りながら生きている。ところが、突然屋敷を尋ねてきた従兄のチャールズによってコニーは現状に疑問を抱き始め、メリキャットの穏やかで閉ざされた日常は終わりを迎えようとしていた……。

 この物語の秀逸なタイトルは「いつかお城で暮らしたい」でもなく「かつてお城で暮らしてた」でもなく、「ずっとお城で暮らしてる」。未来や過去の話ではなく、ずっと続いてきた、そしてこれからもずっと続いていくだろう今のお話。少女メリキャットの甘やかな空想とその根底に潜む悪意の毒をご賞味あれ。